良い演技とは

私たちの目指している演技とは、演技っぽくなく日常生活で見るような、
人間として 「普通に表現」 されている自然な演技です。
なぜなら、その方が深くて微妙な情緒・感情・想い・意思・生活感などが表現され、
それが観客の心を感情移入しやすくし、 作品や役を理解してもらえるからです。

感情も、ベタ塗り一面的、表面的でなく、心の微妙なヒダまで表されて、
俳優自身の深いところから表れたものでなければなりません。
しかも、ムリに押し出されたものでなく、つい出てしまったようなものです。
日常生活では感情をムリに押し出すことはほとんどありません。
ですから、演技でムリに押し出されたものは不自然で観客は共感 できませんし、
俳優自身も違和感を感じてるはずです。

さきほど、「普通に表現」 と書きましたが、役も怒ってる場面
・悲しんでる場面などがあります。
理解しづらい性格・行動パターン・表現という、個性の強いキャラクターもあります。
そんな時も、演じてる俳優の「普段の自分自身」で良いと言ってるのではありません。
役・作品・演出に合うように、自分の中に怒り・悲しみなどの真実を見つけたり、
キャラクターゼーションして、的確に表現 (リアルな演技) しないといけません。

たまに、役のセリフ・行動について 、※① 「こんな事、私は言わない!やらない!」
と声を大にして言う俳優がいますが、 観客はその俳優の人生が観たいのでなく、
作品の中の役の人生が観たいのです。
俳優自身と役の価値観は当然違います。ですから、 役と自分との相違点を見つけ
正当化して動機づけし、セリフ・行動にリアリティー・説得力をつける必要があります。
それが俳優の仕事です。

演技とは、「役を自分に近づけるのでなく、自分を役に近づける」 ものです。

役を自分に近づけるのは俳優のエゴですが、役に近づくのは俳優の喜びです。
もちろん、自分が役に近づいても、キャラクターゼーション しても使う感情は
自分自身のものでなければなりません。
借り物の感情ではどんな観客にも違和感を与えます。

 

【日常と変わらない】

普段の感覚で演技をしなければならない
演技をする時に、特別な身体や心の状態を作らなければならないと
思っている方が多くいます。
しかし、実は日常とそんなに変わらない状態でないといけないのです。

たしかに、日常より集中力・想像力・リラックスなどを 意図的に深くしていく必要はありますが、
でもそれは日常の感覚の延長線上でなければなりません。
「演技だから」「自分自身でなく他人 という役だから」「感情が必要だから」
などの理由で日常の感覚・自分自身の感覚を無視して (無視でなく、
緊張が原因でそれに気付いていない事が多いです) 演技をすると、
セリフや動きという表現・役自身が浮いてしまいます。

観客としてテレビや舞台などを観ている時、「この演技は浮いてるなぁ」
と思うのに、いざ自分がやるとなると同じことをやってしまいます。
表現のために、何かをやらないとやってる気になれないからです。

そのように浮いてしまう原因は、「役を演じよう(それっぽく見せよう)」
としているのか、「役を生きよう(感じよう)」としているかの違いで 表れる事が多いです。
「役を演じよう(見せよう)」とすると、状況や相手のセリフから影響される事がありません。
相手のセリフや状況を本当には 受けていないからです。
見せようとするのでなく、「役を生きる」とは日常と同じように、
状況・相手の言葉を感じ(受けて)、 自分自身の内的フィルター(価値観・目的・立場など)
と瞬時に照らし合わせて、その場で考え、判断し、言葉や行動を起こす事です。
普段は誰でもやっているのです。
演技の時も、日常と同じような感覚にし(緊張を取り、演じてしまう癖を取る)、
人間本来の自然な感情・衝動・思考が働くようにしておくことです。

ただ、普段の自分自身の内面だけでは役にならないので、役の内面をつくり、
自分の内面に浸透さしてないといけません。
それが「役の準備」です。

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